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介護のこつこつ

要介護認定調査その後 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子

要介護認定調査その後 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子
2020年12月10日

認識にモンダイがあるのは母だけではない。

母は要介護1と認定された。 家庭のなかで要介護1の老人と暮らすのは、たいへんなことだと改めて実感している。 リンゴがまるごと冷凍されていたり、汚れたお皿が食器棚にきちんと片付けられている、などは日常茶飯事だ。きょうは何日かと繰り返したずねてくるが、返ってくる言葉は
「このごろは何もかも変わってしまって… むずかしいわっ」
時間や予定、季節についても同様の返事。
「世の中が変わってしまった…」
余裕がない時は心で毒づかずにいられない。きっと態度に現れているのだろう。 そういうときは必ず返り討ちにあう。
そんなことは初めて聞かせてもらいました!
ほぉっておいてください!
ワタシジャナイワヨ!
不毛な会話が互いの感情を逆撫でし合い、やり場のない気持ちに包まれながら、やがて私は寝入ってしまう。翌朝ガラリと明るくなった母を見て、こちらが困惑することがある。よどんだ気持ちが転げ落ちる雪だるまのように、どんどん大きくなってしまう。そんなある日、母とお風呂に入ったときのこと。母の髪を洗っていると1円玉ほどの円形脱毛を発見した。わたしにはできていない。疲労困憊するほどの、あのトンチンカンな質問の向こうで母は、こんなにも不安だったのか。つかの間ではあるが認識を新たにした。
認識は忘れがちなので記載しておこう。
要介護1の判断基準例
歩行や排泄はほとんど自分でおこなえる。
日常生活における移動のための立ち上がりや
歩行に助けを必要とする。
日常生活における行為に何らかの助け:
見守りや介助を必要とする。
混乱したり物事が理解できないことがある。
その通り。これらがどういうことなのか、忘れるとどうなるのか、その認識から全て始まるのだ。
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要介護認定調査 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子

要介護認定調査 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子
2020年11月10日

調査のための質問が、そもそもむずかしい母。

最近の母は老いに対する抵抗期を超えた感がある。
物忘れや身体の虚弱化に助けられ、ひとつの感情への固執は長続きしなくなった。 以前に比べるとずいぶん穏やかになってきた。どうやらネクストステージに入ったようだ。キレることも少なくなり、こちらの言うことを受け入れてくれることが増えたきた。完全に打ちのめされた日々は遠い日のことに思えるほど、私もまた穏やかになり始めている。「介護認定」を受けることになったのは、このタイミングがあってのことだった。

「生年月日を教えてください」
「今日の日付はわかりますか?」
「ここは、どこですか?」
「一緒におられるこの方はどなたですか?」
「夜は眠れますか?」
「どこで寝ていますか?」
「寝返りはできますか?」
「最近どこかへ出かけられましたか?」

横から私がそれらの質問の補足をするたびに、母はその補足に対してたずねてくる。おっと、まずいことになるかも。予想通り母は混乱しているようで、だんだんと不機嫌になっている。 調査質問の目的を要約すると、物忘れ程度、見当障害のあるなし、意欲低下の度合い、睡眠障害や妄想があるかないか、食事や入浴、介護サービスに対する拒否態度などなど。 これらの質問は認定調査であると認識していれば違和感なく聞けることだが、ふつうの生活を送っている場合はどうだろう。自宅のテーブルでこんな質問を受けることは、人生のなかでまずないだろう。認定質問はそれほど稀なことだ。介護サービスを受ける人々の背景を思うとき、本人または家族の状況を掛け合わせると、既存のパターンに当てはめるのは至難の業だ。

ハーイ。私ジェニファーよ。きょうはよろしくねスーザン。いっぱいたずねるけど、不安になったらいつでもやめるから
あんしんしてね。OK?

アメリカだったらこんな風に進めるのだろうか。
コンタクトの仕方やスタイルは思いのほか大切だ。