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介護のこつこつ

母、墓へ行く ・・・・・ 施設長 淡路由紀子

母、墓へ行く ・・・・・ 施設長 淡路由紀子
2021年3月9日

自分の親が亡くなっていることをすっかり忘れている。

母方の父母のお墓は、西舞鶴の日星高校の裏手の山、五老ヶ岳の懐に大きな十字架の立っているところだ。足腰が弱くなってから2年余り、母はこのお墓に行くことがなくなった。近頃では特に歩行がおぼつかなくなり、坂道や階段のある現地へ出向くことは到底ムリだ。ところが、困ったことが起きた。自分の親が亡くなっていることをすっかり忘れている。葬式を出したのか?墓はどこにあるのか?どうして誰も教えてくれないのか!とどうにも止まらない。母が墓参りしている写真を見せても思い出せず、ヒステリー状態になっている。
あまりのしつこさに堪忍袋の尾が切れてしまった。
「今から行こか!」
お墓のふもとに着き、果たして母はふらつきながらも歩き出した。手を取り腰を支えてやり、ゆっくりゆっくりと小さな体が坂道を登って行く。連いてきた孫の力もあったのか、遂に母は墓前にたどりつくことができた。
「お父さん、お母さん、ごめんね。」
自分の親が死んでしまった事実を知らされた時、それはショックなことで、忘れがたい悲しいことなのだ。デリカシーに欠けている私はしつこいの一言で終わらず、性悪な気持ちで母を車に乗せてお墓へ向かった。母は何を思いながらあの急な坂道に身を置いていたのだろうか。
両親がいないことに衝撃を受け、
しかも4〜50年も経っていることに
驚愕したに違いない。
なにもかも失念していた自分を、どうか許してほしいと。お墓の前に両手をついた母の姿は、私にも息子にも強烈なインパクトを与えた。 お墓を後に降りた坂道は、登ってきた時とは打って変わり、最近とがった私の感情を和ませてくれた。その夜は爽やかな気持ちで家族と過ごした。
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母の日常、私の日常 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子

母の日常、私の日常 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子
2021年2月16日

自分の価値観や規則で、母の日常を仕切ることは土台ムリ。

母にイライラするときを思い出してみよう。
私の指摘や介助に対し母の態度と行動が伴っていないときだ。 ひとの親切や思いやりに相手が応えようとしない、これに尽きるのではないか。自分の思い通りにならないと、私は不機嫌なループから脱出できなくなる。自分の思いとは何だろう。理想だろうか。あるべき状態から1ミリでもずれることはいけないことだろうか。いいえ。そんなはずはない。 落ち着いて考えれば誰にでもわかること。グレイスヴィルまいづるのキャッチコピーは、「寄りそい、受けとめ、ひとりずつと向き合い ます。」これはコピーなので「わたし」「あなた」が省略されている。私の場合は「あなた」が不在の介護をしていたようだ。
勝手に寄りそったり自分本位の受けとめは、介護とはよべない。ではこの1年私は母になにをしていたのだろう。
母がなにか言い出すまでつことにした。これは辛抱がいる作業だとわかった。なぜなら逆のことをしていたからだ。 親切のつもりで手を加えたり気配り気分で行動することは、介護する自分が気持ちいいだけだ。
今は少し違う視点、すなわち母の立ち位置が見えてきた。母が何をしようとしているのか、何が言いたいのか聴けるようになった気がする。自分の価値観や規則で、母の日常を仕切ることなど土台ムリだったのだろう。
ここちよく、安心できる日常は変化に富み、
どこまでも柔軟なもの。
そこには注意しないと見過ごしてしまうことばかり。
母の日常に視点を合わせたら、私の日常も穏やかになってきた。
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アイデンティティの喪失 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子

アイデンティティの喪失 ・・・・・ 施設長 淡路由紀子
2021年1月12日

認知症の母を前に、私のアイデンティティも危うくなっている.

お風呂に入ること、着替えること、ときに排泄時の手助けが必要になってきた母。夜中のトイレに起こされることや用足し後の後始末など、 私的な時間が削られることにようやく慣れた。長年まかせっきりだった夕飯も毎日作り、家族みなで食べている。だんらんのありがたさを感じるこの頃、なぜかスッキリしない。原因はよくわからないが、母の態度にむかつくときだったり、それに反応する私の態度だったり。たとえばドアを思いっきり閉めたり、新聞をテーブルに叩きつけたりしてしまう。
「ええ加減にしろー!」という自分がいる。
腹が立つのが収まらないと同時に、あほな行動をする自分が情けない。

それがスッキリしない原因かもしれない。しかし、そのまた原因は別物に違いない。
親を長年介護したともだちが「自分の親だと思うのを捨てるのよ」とよく言っていたことは、このことだったのか。しかしそう簡単に気持ちが変わるものではない。慣れ親しんだ母の姿がそこになく、その言動がぶっ飛んでいるときは受け入れがたく、全てのマイナス感情に囲まれてしまう。母は認知症なので自分のアイデンティティが時折失われても仕方がない。一方私はどうだろう。認知症の母を前に私のアイデンティティも危うくなっているのではないか。

「ワタシって一体なに? どうゆう性格の人?」
最悪の危機に面すると本性が現れるというが、これくらいのことで自分の本性と向き合えないのは、もはや介護以前のことかもしれない。 いや、もっと前向きになろう。 母も私もアイデンティティを喪失したのだから、互いが納得できるそれぞれのアイデンティティを、いちから作ればいいのだ。