eps.18 母は母のままで・・・・施設長 淡路由紀子
2022年5月10日

自分を生きるということ。

私はずっと母といっしょに暮らしてきた。 結婚当初は離れていたが、出産から数年後、家族で実家に戻り同居を始めた。お母さんっ子というわけでもなかったし、ともだちのような関係でもなかった。
性格はまるで違うし、それぞれ独立した人間同士だと思っていた。
なぜなら自分たちの家を建てたし、施設長をさせてもらっているし、施設を頼る家族の悩みも解決してきたし、交流関係も全国規模だし、みたいな。(文字にすると思ったより少ない)
天狗絶頂期に母の記憶が途切れ始め、何かと私を頼るようになった。いよいよ私が面倒を見ることになった時、立場が逆転 したような錯覚を覚えた。母に認めてもらえたような感じがしたし、自分のことがイッチョ前になった気がしていた。
コトの始まりはこの勘違いだったのだろう。
しかし、アルツハイマー型認知症の診断を受けてからは、イケていたはずの私は崩れ始める。なおも虚勢を張り、自宅で介護するんだと決めていた。母の暮らしぶりや感じ方を理解しているのは私をおいて他ない。
何よりもホームでの生活に、自由奔放な母は我慢できないと確信していたからだ。私の悪い ところは、思い込みで人をその枠にはめこんで しまいがちな点だ。と、ともだちによく言われる。「自由な人はどんな所でも自由」だと。
そうは言われても、環境に左右されることを思えば心が痛んだ。母の記憶が消えていくという事実が、私には堪え難い重しとなっていた。それは母娘が育んできた絆がなくなるということだから。
今思い返せば、自分本位で見解がせますぎた。
しかし、最近新しい見解に出会った。思い出は破壊されても、感情はそれほどでもないらしい。つまり、昔の写真を見せても期待するほどの反応はないが、きれいだと感じたり素敵だと感じるものは、脳細胞がちぢもうが死滅しようが、その対象に出会うたび化学反応を示すらしい。
先日、私の姿を見た母がはっきりと云った。 「ゆっこちゃん!シャツ、かっこいいわ!」 母娘の絆を喪失し、悲観にくれる私など気にもせずシャツかよ。母は母のままで生きていることに衝撃を受けた。
思いもよらず母離れした時でもある。
二人の距離感がとても新鮮に感じる。認知症であっても自由に人生を謳歌している母がいる。そう思うと、急に肩が軽くなった。 私もしっかりと、自分を生きていこう。