eps.2 大都会の老人たち

大阪市内に住んでいた頃、近所にお年寄りがたくさんいた。心斎橋でも日中は数多く見かけた。進みにくいときや、歩くスピードを一定確保できないときは、たいてい横並びに3〜4人のお年寄りが歩いている。観光客と住人が混在する地域は、どこかやさしい。

次に移り住んだサンフランシスコは、混ざっているようで住み分けていたように思う。つまり、観光客が行きたい所へは、住人はなるべく避けようとし、街を運営する側の人もどことはなしに区別していた。

例えば私がケーブルカーを追いかけると、必ず車掌が手を差し伸べ引き上げてくれた。それを見ていた観光客が「映画とおんなじや!オレもするぜ!」となっても、車掌にNOと手のひらを見せられる。飛び乗りできるのは住人の特権と言える。

一方、住人と言えどもお年寄りにその特権はない。彼らはバスを利用するしかない。酸素ボンベのカートを引き、ヨロヨロと乗り込む人を見たときは驚いた。太り過ぎてドアを通れない人には「体まわして!」とバスの運転手が叫んでいた。どこで降りるのか忘れるほど、バスのお年寄りたちは変化に富んでいる。
ようすが少し違うのがマンハッタン。こんな所にも!と思うほど、いたる所に観光客がいる。商業地域ではあるが、古くからの住居ビルも多かった。経営破綻した高級百貨店バーニーズ本店の向かい側は、高齢者専用の住居ビルがあった。どこを歩いても、ビジネスマン、労働者、観光客、お年寄りが、同じ時空間に存在する街だ。
雨の日は傘をさすと歩きにくいので、女性のお年寄りはレインコートにビニール三角巾を被っている。キレイな服装をしているのに、靴の上からスーパーの袋をはいている人を2回以上目撃したこともある。そのたくましさに敬服するたび、自分はここで年老いるまで住めるだろうか、と自問していた。
そして日本に住む両親の老後に思いをめぐらせた。考えようによっては、都会の方が老人には便利かもしれない。いや、そうではなくて、馴染みのある地域で住み続けたいということだろう。そのときの答えは、胸にくっきりと刻まれた。