施設に住めば・・・・施設長 淡路由紀子
2022年1月31日

世間体から解放された母の自由。

最近の母を見ていると、私の記憶に残る母と少しずつ違ってきた。アルツハイマー病による認知症だけでは測れない何かを感じる。年を取ればみんなそうだ、といえばそうかも知れない。私の子供期から受けてきた母の印象があまりに強烈過ぎて、その枠から出たことがないせいだろう。
じっと見られていたわけではないが、母の気にさわらないようびくびくしていた。
めったに褒められないし、ありがとうの言葉もあまりなかった。要求に応えるのに幼い頃から疲れていた。好き嫌いがはっきりしていて、嫌いの方が圧倒的に多い人だった。現在もその片鱗を時折見ることはある。そんな時は嬉しくなったりする。
「おかあちゃんだ」と思える瞬間は、私の中の少女が、出られない柵から母を慕う姿がある。
施設に入居してからというもの、「きれいね」とか「ありがとう」と言ってくれるが、はっきり言って「?」と困惑する。私の知る母とは三千里遠い。
私も母を枠にはめ続けてきたに違いない。なんと理不尽なことか。
脳に障害が出ると、大抵の大事な事柄や悩み事は細胞と共に消えるか沈静化する。在宅介護を続けると、消えかかった事象が呼び覚まされることもあり、かえって不安が表面化する。
施設に住むということは、世間体を軸にした圧力からの解放を手にすることなのだろう。そう思うと母の自由が愛おしく思える。